こんにちは、ムビナビ 映画紹介の中の人です。
今回は、正直言うと自分では選ばなかったかもしれない作品――
でも、映画好きの友人に「絶対観てほしい」と言われて観たら、
まさかの大当たりで…気づけばラストまで心を掴まれていました。
その映画がくれた“思ってもいなかった感情”を、
少しでも誰かと共有したくて、今回紹介させていただきます。
第1章|『そして、バトンは渡された』が描く家族のかたち
「家族って、血がつながっていなくても、本当に家族になれるの?」
そんな問いが、観ているうちにじわじわと胸に広がっていく。
『そして、バトンは渡された』は、親が何度も変わり、苗字も4回変わった女子高生・優子の物語と、自由奔放に生きた女性・梨花の物語が静かに重なり合っていく。
一見するとバラバラな人たちが、誰かを守るために、命がけの“嘘”をついてまでバトンをつなげようとする。
この作品に流れているのは、“何が本当の家族なのか”という問いかけ。
血のつながりよりも、「大切に思う」という気持ちで結ばれた人間関係が、ひとつの家庭になっていく。
誰かのために、自分の人生を少し曲げてもいいと思える瞬間。
それは、たしかに“家族”という言葉でくくられるものだった。
第2章|複雑に交差する親子の絆と秘密
この映画に登場する“親”たちは、どこか不器用で、でもとても優しい。
血のつながりはなくても、「この子を守りたい」という気持ちだけで繋がっている姿が、何度も胸に響いた。
特に印象的だったのは、梨花という女性の存在。
彼女は自由で、少し風変わりで、何もかも手放してしまうように見えるけれど――
実は、その裏側に「娘を守るための決断」が隠れていた。
優子のまわりの大人たちも、それぞれに秘密を抱えながら、
見返りを求めず、ただそっと“バトン”を渡すように生きている。
誰かの人生を、自分の手でつなげようとするその姿が、美しかった。
たとえ嘘があっても、そこに愛があるなら、
その嘘は“やさしい嘘”として記憶に残るんだと思えた。
第3章|主要キャラクターたちの魅力と演技の見どころ
この映画が静かに心に沁みる理由のひとつは、登場人物たちの“表情”にある。
語りすぎない。説明しすぎない。
それでも、何を思っているかがにじみ出るような演技が、この物語をより深くしていた。
主人公・森宮優子を演じた永野芽郁さんは、揺れ動く思春期の少女の繊細さを自然体で表現していた。
何も言わずに受け止めるような視線や、迷いながらも前を向こうとする雰囲気。
台詞が少ない場面でも、優子の心の声が伝わってくるようだった。
そして、義父・森宮壮介を演じた田中圭さん。
あたたかくて、でもどこか不器用で、料理という手段でしか愛情を表現できない姿がとてもリアルだった。
自由奔放な梨花役の石原さとみさんも圧巻だった。
明るくて大胆なふるまいの奥に、母としての覚悟や葛藤が見え隠れして、
そのギャップに涙がこぼれた。
みんな言葉では伝えきれない想いを抱えていて、
だからこそ、その“沈黙”に観る側が引き込まれてしまうのだと思う。
第4章|原作小説との違いと映画ならではの表現
原作の『そして、バトンは渡された』は、本屋大賞を受賞した小説で、
その温かくて少し不思議な“家族のバトン”の物語は、多くの読者の心を掴んだ。
映画版は、原作の丁寧な構成を尊重しながらも、
時間軸をより明快に整理し、観る人がふたつの物語を並行してたどれるよう工夫されている。
印象的だったのは、映画ならではの“間”や“沈黙”の活かし方。
小説では文字で補える感情の揺れを、
映画では「セリフのない時間」や「視線の動き」で語っていた。
また、音楽や光の使い方も美しかった。
温かい色合いの中に、時折差し込まれる寂しさが、登場人物の心の機微を包み込む。
映画と原作の違いは確かにあるけれど、
どちらも“家族とは何か”を問う物語として、大切な軸は変わらない。
第5章|『そして、バトンは渡された』が私たちに問いかけるもの
この映画を観終わったあと、心のどこかがじんわりと温かくなった。
派手な展開も、わかりやすい感動シーンもないのに、なぜか涙がこぼれる。
きっとそれは、“自分の中にもあるやさしさ”を、そっと見つけてもらえたからかもしれない。
誰かの人生に、ほんの少しでも関われたとしたら。
たとえそれが嘘や隠しごとにまみれていたとしても、
その中に「守りたい」という気持ちがあったなら、それはきっと愛だった。
バトンは目に見えないものかもしれない。
でも、あの人がいたから今の自分がある、と思える瞬間がある。
“愛するって、こういうことかもしれない”と、静かに思えた。
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