映画『ラ・ラ・ランド』感想・考察|夢と恋、どちらかを選んだ人へ捧げたい1本

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第1章|『ラ・ラ・ランド』あらすじ|夢と恋のまぶしさに目が眩む前に

ミアは、女優を夢見るカフェの店員。セブは、自分のジャズクラブを持つことを夢見るピアニスト。
ロサンゼルスの渋滞の中で出会ったふたりは、互いの夢に触発されながら少しずつ距離を縮めていく。

ミアのオーディション、セブの仕事、家賃の支払い、叶えたいけれど届かない夢――
現実の中でぶつかりながらも、ふたりは何度も励まし合い、支え合い、愛し合っていく。

だが、夢が少しずつ現実に近づくほどに、ふたりの歩幅は少しずつずれていってしまう。
それでも、互いの幸せを心から願う姿に、“夢と恋”の両立がどれほど難しいかを知る。

『ラ・ラ・ランド』は、ただのミュージカル映画ではない。
この映画は、叶えることの尊さと、手放すことの切なさを描いた、ひとつの人生の記憶なのだ。

第2章|ミアとセブ、2人の夢が交差する瞬間に感じた“幸福と痛み”

ミアとセブが初めて本音で向き合ったあの夜。
セーヌ川のように静かな音楽と街灯の光のなかで踊るふたりの姿に、私は夢中で見入っていた。

彼らは、お互いの夢にまっすぐだった。
ミアは女優としてステージに立つことを、セブは純粋なジャズのクラブを開くことを。
でも、お互いの夢を応援する気持ちはあったのに、いつしかその熱が、ふたりの関係をすれ違わせてしまう。

「君の夢を応援してる」という言葉。それは嘘じゃなかった。
でも、どこかで「隣にいてほしい」という願いもきっと抱えていた。

夢を追うことは、誰かと歩幅を合わせることを難しくする。
それでも、“ふたりの幸福”は本物だったと信じたくなる視線のやりとりがあった。

第3章|誰しもが“あの選ばなかった道”に思いを馳せてしまう

あのラストシーン。
ミアとセブが、目を合わせたまま何も言わずに交わした、たった一度の微笑み。
その一瞬に、すべてが詰まっていた気がする。

「もうひとつの人生」は、美しくて、優しくて、でもどこまでも切ない。

『ラ・ラ・ランド』は、選ばなかった道に対して“もしも”を想う全ての人に問いを投げかける。

誰の心にもある“あのとき”をそっと優しく思い出させてくれる映画。

第4章|音楽・色彩・カメラワークが映し出す“もうひとつの現実”

『ラ・ラ・ランド』がこれほどまでに人の記憶に残るのは、
そこに映し出されている“感情そのもの”が、美しく視覚化されているからだと思う。

冒頭の高速道路のシーン。夢の中に迷い込んだようなカラフルな世界観。
音楽・衣装・空の色、それぞれがキャラクターの心情にリンクしている。

音楽もまた、この映画の“心臓”。
ジャズの自由さ、切なさ、情熱が、観る者の奥深くを揺さぶる。

映像と音が、“現実にはないけれど確かにあった感情”を映し出していた。

第5章|『ラ・ラ・ランド』が私たちに残したのは「叶わなかった愛」ではなく――

この映画を観たあと、私はしばらく静かに座っていた。
ラストの微笑み、そして音楽がふっと止まった瞬間――言葉にならない感情だけが胸に残っていた。

たしかにミアとセブは、ずっと一緒にはいられなかった。
でも、あの時間がなかったら、それぞれの夢は叶わなかったかもしれない。

『ラ・ラ・ランド』が教えてくれたのは、叶わなかったからこそ意味がある恋がある、ということじゃない。

“ありがとう”や“忘れない”が、言葉でなく視線だけで伝わる関係がある。

そしてまた、私たちはそれぞれの“ラ・ラ・ランド”へ帰っていく。

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