こんにちは、「ムビナビ 映画紹介」の中の人です。
今回ご紹介するのは、新海誠監督の『秒速5センチメートル』。
この作品を初めて観たとき、感動というより、“沈黙”が心に残ったのを覚えています。
なぜか苦しくて、なぜか泣きそうで、
でもその理由をうまく言葉にできなくて――
ただ、自分の中にあった“言えなかった気持ち”が、そっと揺れたような気がしました。
この映画は、派手な出来事があるわけじゃありません。
ただ、ひとつの想いが少しずつ離れていく、その様子を丁寧に描いているだけ。
でもきっと、誰もが一度は経験したような“すれ違い”や“時間の残酷さ”が、
静かに心の奥に届いてくる作品です。
この記事では、そんな『秒速5センチメートル』がくれた余韻と、
それを観て感じた、自分自身の感情を少しずつ言葉にしてみました。
第1章|『秒速5センチメートル』あらすじ|届かない想いが、ゆっくりと遠ざかっていく
『秒速5センチメートル』は、3つの短編からなる連作アニメーションです。
テーマは、“想い”と“距離”と“時間”。
物語は、一人の少年・遠野貴樹の視点を通して、
ある少女への想いと、そのすれ違いの軌跡が描かれます。
🌸 第1話「桜花抄」
小学生の貴樹と篠原明里。
転校によって引き裂かれたふたりは、文通で想いを繋ごうとします。
ある雪の日、貴樹は明里に会いにいくために電車に乗る――
この章のラストで交わすキスは、優しくて、少しさびしくて、
もう会えなくなる予感すら含んだ“淡い奇跡”でした。
🛰 第2話「コスモナウト」
種子島で暮らす高校生の貴樹と、彼に想いを寄せる澄田花苗。
けれど貴樹の心は、どこか遠くにいる誰かを見つめ続けている。
“追いつけない”という痛みが、花苗の視点から静かに伝わってくる章。
🚦 第3話「秒速5センチメートル」
大人になった貴樹。
満員電車の中、かつての面影を追い続けるように、
彼はずっと“あのとき”の春に取り残されたままだった。
そして――ラスト、すれ違うふたり。
振り返る視線、遮られる踏切、流れ出す曲。
言葉がなくても、すべてが“終わった”ことを告げていた。
でも、終わりという言葉では言い切れない“余韻”が、そこに静かに残っていた。
第2章|「秒速5センチメートル」という言葉が意味するもの
“秒速5センチメートル”――それは、桜の花びらが落ちる速さ。
このタイトルを初めて聞いたとき、正直、何を意味しているのかよくわかりませんでした。
でも、物語を観終えたあと、ふと心に沁みてくるような気がしたんです。
桜の花びらは、美しくて、儚くて、そしてとても静かに落ちていく。
それはまるで、人と人との距離が、少しずつ離れていく速さのように思えました。
すぐに忘れるわけでもないし、
急に離れるわけでもない。
ただ、時間とともに、少しずつ遠ざかっていく感情や想い。
そのスピードが“秒速5センチ”なんだとしたら、
それはとてもやさしくて、でも確かに切ない現実なのかもしれません。
そしてもうひとつ。
“桜の花びら”というモチーフが意味するのは、春、つまり「始まり」の象徴。
なのに、物語の中ではそれが“別れ”と重なっていく。
“はじまり”と“おわり”が同時に存在する季節。
この映画全体に流れる空気感は、そんな桜のような時間なのだと思います。
第3章|すれ違いの中で、それでも誰かを想い続けるということ
貴樹と明里の関係を、一言で言えば「すれ違い」だった。
でも、それはただの物理的な距離のことじゃない。
もっと静かで、もっと深い、心の距離の話だったように思います。
ふたりはお互いを大切に思っていた。
でも、その気持ちを“言葉”にするには、まだ幼くて不器用で、
ただ「好きだった」という事実だけが、
時間の中で取り残されてしまったように見えました。
遠く離れても、明里は貴樹を思い出していた。
貴樹もまた、明里を想い続けていた。
だけど、“想い続ける”という行為が、
かえって今を見失わせてしまうこともあるんだと、気づかされる。
人は、過去の記憶に縛られる。
そして、誰かを本気で想ったことがある人ほど、
その記憶を大切に抱きしめたまま、前に進むのが怖くなる。
この映画が切ないのは、
ふたりの想いが“本物”だったことを、ちゃんと描いているから。
“間に合わなかった”だけなんです。
タイミングや距離や言葉が、ほんの少し足りなかっただけで、
あのふたりは、きっと、ずっとお互いを大切に思っていた。
そしてそれは、もしかすると――
“恋が終わる”ということの、最も静かで優しい形なのかもしれません。
第4章|“あの頃の自分”にリンクする、静かな痛みと記憶
『秒速5センチメートル』を観ていると、不思議と“あの頃の自分”に戻される。
初めて誰かを好きになったときの気持ち、
何も言えなくて見送ってしまったあの日のこと、
ちゃんと気持ちを伝えられなかった後悔――
そういう“かたちにならなかった感情”が、ふいに胸を締めつけてくる。
大人になると、恋や別れにも理由をつけたくなるけど、
子どもの頃や10代の恋って、もっと直感的で、
ただ「好きだった」ことしか残っていなかったりする。
だけどその想いこそが、
今でも自分のどこかを動かし続けているのだとしたら、
たとえそれが終わってしまった恋だったとしても、
“意味のあるもの”だったと言える気がします。
この映画は、そんな記憶の底にそっと触れてくる。
「忘れたと思ってたのに、まだ心の奥に残ってたんだ」って、
優しく思い出させてくれる。
誰かを強く想ったことがある人ほど、
この映画の余韻が、じわりと沁みてくるはず。
第5章|『秒速5センチメートル』が私にくれた、言葉にならない余韻
この映画を観終わったあと、しばらくぼんやりしてしまった。
何か大きな出来事があったわけじゃないのに、
胸の奥がふわっと揺れるような、そんな感覚が残っていた。
たぶんそれは、“言葉にできない気持ち”を、
映画が代わりに語ってくれたからなんだと思う。
時間が経っても、ふと思い出す人がいること。
届かなかった想いが、今でもどこかに残っていること。
もう会えないけれど、心の片隅にそっといること。
『秒速5センチメートル』は、そんな想いを否定しない。
「忘れなきゃ」でもなく、「前を向かなきゃ」でもなく、
ただ“そこにあった気持ち”を、大切に抱きしめてくれる。
映画のラストで、ふたりがすれ違っても、振り返っても、
“そのあと”が描かれないのが、逆にすごくよかった。
だって、それは観た人それぞれの中に、
自分なりの“結末”として残るから。
忘れられない人がいる。
でも、その人がいたから、自分はここまで来られた。
そんな風に、少しだけ前を向けるような、
やさしい余韻を、この映画はくれました。
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